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仙台地方裁判所 昭和34年(行)1号 判決 1960年1月18日

原告 我妻きよ子

被告 日本専売公社仙台地方局長

訴訟代理人 滝田薫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三十三年八月六日した原告を製造たばこ小売人に指定しない旨の処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

原告は、子女二人を養育する未亡人であるが、昭和三十三年六月二十八日被告に対し製造たばこ小売人指定の申請をしたところ、被告は、同年八月六日不指定をし、その頃原告にその旨の通知をした。

しかしながら、被告の右不指定処分には、次のような違法がある。即ち、原告には、原告自身並びに原告の予定営業所の位置及び設備などにつき、たばこ専売法第三十一条第一項各号に規定するたばこ小売人としての欠格事由が存在しない。のみならず、原告は、前記のとおり子女二人を養育する未亡人であるから、母子福祉資金の貸付等に関する法律第十七条に基き、可及的にたばこ小売人に指定され得る地位にある者である。従つて、被告は、原告の前記申請に対し当然に指定の決定をすべきであつた。

以上のとおり被告の本件不指定処分には、違法があるから、原告はこれを不服として、昭和三十三年九月二十七日被告を経由して日本専売公社総裁に対し書面で審査の請求をしたのであるが、同総裁は、右請求の日から三ケ月を経過するもなんらの裁決もしない。よつて、原告は、被告の本件処分の取り消しを求めるため本訴に及んだ、と述べ、

被告の本案前の抗弁に対し、

被告がたばこ小売人の指定申請人に対し、その指定をするのは、一般私人の営業の自由に対する禁止を当該申請人に対して解除する行政処分であるから、当該申請人が指定されるべくして指定されなかつた場合、いわゆる権利を侵害された場合に該るから、抗告訴訟をもつて、右不指定処分の取消しを求め得るものと解すべきである、と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の主張として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

たばこの製造・販売等に関する権能は、たばこ専売法第二条によりすべての国に専属するものであり、この国の有する専売権は、同法第三条により日本専売公社がこれを行使するものとされて居る。従つて、たばこの販売等に関する権能は、すべて公社が独占的に保有するもので、これを如何なる方法によつて行使実現するかは、ひとり公社のみがなし得るところである。従つて又、同法第二十九条第一項により公社は、その指定したたばこ小売人にたばこ販売させることができるが、公社の右たばこ小売人の指定行為は、一般私人が本来有しないたばこ販売権能を附与するいわゆる形成的行政行為であるから、一般私人がかかる指定を受け得る権利を有していないことは勿論、何人を指定するかは専ら公社の自由な裁量に属し、同法第三十一条第一項による指定の制限は、公社の専売権行使を適正妥当ならしめるため、特にたばこ小売人として公社が指定をしてはならない場合を指定したものに過ぎず、この要件に該当しない申請について必ず指定しなければならないものではない。従つて、公社が一般私人からたばこ小売人指定の申請を受理し、これを指定しなかつたとしても、当該申請人は、本来たばこ小売人となり得る地位を有しているものでないから、これによつて、何等の権利をも侵害されることはないものといわねばならない。従つて、これを本件について云えば、原告は、被告の本件不指定処分によつて、何等の権利をも侵害されていないのであるから、被告の本件不指定処分は、訴訟の目的となり得ず、従つて原告の本訴請求は、不適法として却下されるべきものである、と述べ、

本案に対する答弁として、主文と同旨の判決を求め、

原告主張の請求原因事実中、原告が子女二人を養育する未亡人であること、原告がその主張の日に被告に対したばこ小売人指定の申請をしたのに対し、被告は、その主張の日に不指定の決定をし、その頃原告にその旨の通知をしたこと、原告は、これに対しその主張の日に被告を経由して日本専売公社総裁に対し審査の請求をしたこと、及び同総裁は、右請求に対しなんらの裁決をもしていないことは認めるが、その余の事実は争う。

被告は、原告のたばこ小売人指定申請に基き、原告の予定営業所の位置、設備、原告の予定営業所と既設近設営業所との距離、供給予定区域の戸数、人口及びたばこの需給関係等につき実地に調査を行い、慎重に審査をしたところ、たばこ専売法第三十一条第一項第三号、第四号に該当することが明らかとなつたので、原告に対し本件不指定処分をしたものである。即ち、

原告は、その肩書住所地を予定営業所と定め、被告に対したばこ小売人指定の申請をしたのであるが、右予定営業所の所在地たる松ケ崎部落は、戸数約百五十戸・人口約九百五十人で、農家を中心とした村落である。同部落には、既に指定されたたばこ小売人の営業所が二ケ所あり、その間の距離は、約四百二十米に過ぎないところ、原告の予定営業所は、右既設二営業所の略中間に位置し、既設営業所の一方とは約二百米、他方とは約二百二十米の近距離にあるから、原告をたばこ小売人に指定するときは、三営業所がそれぞれ従来の供給予定地域を三分する結果となり、原告は町道に沿つて僅か二百米位の間に点在する消費戸数約三十一戸人口約百八十人を担当し得るに過ぎない状況にあり、かかる僅少な消費戸数が予定供給地域では、たばこの取扱予定高が公社の定める標準に達しないこととなるため、被告は、原告をたばこ小売人に指定しないこととしたのである。

従つて、被告のした本件不指定処分には、なんらの違法もないから、原告の本訴請求は理由がない、と述べた。

(立証省略)

理由

先ず、被告の本案前の抗弁について判断する。

たばこの製造、製造たばこの販売等は、何人も自由に選択経営しうる職業に属するところ、たばこ専売法は、国家財産の目的上、その権能を国家に専属せしめ、その実施を専売公社に行わせ、公社に製造たばこ小売人を指定する権限を与えているのであるから、右小売人の指定は、人民の有する営業の自由の一般的制限を解除する行政行為(いわゆる許可処分)と解すべきであり、同法第三十一条第一項に「公社は、左の各号の一に該当する場合においては、小売人の指定をしないことができる。」と規定している文意からみても、小売人の指定は法規裁量行為に属するものと云わなければならない。

従つて、申請者が同条第一項各号のいずれかに該当するときは小売人に指定しないことができるが、右各号のいずれにも該当しない場合には、公社は必ず小売人に指定すべきであり、もし不指定の処分をしたときは、右処分は違法な処分として取消訴訟の対象となるから申請人は、不指定処分の取消を求めることができるものと解すべきである。

よつて、右と異なつた見解に立ち、本訴は不適法として却下せられるべきであるとする被告の抗弁は、採用することができない。

そこで進んで本案について判断する。

原告は、子女二人を養育する未亡人であつて、昭和三十三年六月二十八日被告に対したばこ小売人指定の申請をしたところ、被告は同年八月六日不指定の決定をし、その頃原告にその旨の通知をしたこと、原告は、被告の右不指定処分を不服とし、同年九月二十七日日本専売公社総裁に対し書面で審査の請求をしたところ、同総裁は、右請求の日から三ケ月を経過するも、なんらの裁決をもしていないことは、当事者間に争いがない。

成立に争いがない乙第一号証、並びに証人瀬谷久、七尾文吾の各証言によると、原告がその住所地たる遠田郡小牛田町青生字松ケ崎百十一番地を予定営業所と定め、被告に対し本件たばこ小売人指定申請をしたのに対し、被告は、右松ケ崎部落には二名の既設小売人があり、原告の予定営業所は、その中間に位するため、その予定供給戸数は公社の定める基準に達しないこと、従つて、右二名の既設小売人の存在により消費者の便宜を考慮するもその指定の必要を見ないこと、及び原告の予定営業所の予定供給戸数から推定される取扱予定高が公社の定める標準に達しないことの事由により、たばこ専売法第三十一条第一項第三、四号に該当することとして本件不指定処分をしたものであることが認められる。

成立に争いがない甲第八号証、乙第一、第三号証、並びに証人七尾文吾、瀬谷久の各証言を綜合すると、原告の居住する松ケ崎部落は、東北本線小牛田駅から西方約二千米の地点に存在し、その部落の全長は約千二百米で、人家はほぼ東から南西に走り、さらに北西に走るL字型の一本道に沿つて立並ぶいわゆる農村部落で、世帯数百五十二戸、人口約九百二十人である。同部落には、佐藤久三郎、菊地平兵衛の両既設たばこ小売人が存在し、右佐藤小売人の営業所は、部落の東端から南西の方向に約六百米の地点、右菊地小売人の営業所は、部落の北西端から南東の方向に約二百米の地点にそれぞれ位置し、その間の距離は約四百二十米であつて、そのたばこ供給区域は、右松ケ崎部落を四百米単位に東部、中部、及び西南部にそれぞれ区分するとき、佐藤小売人のそれは、右東部及び中部、菊地小売人のそれは、右西部及び同部落の北西端から北西の方向約八百米に隣接する世帯数三十六戸、人口二百四十四人の堀切部落であり、右両部落の世帯数及び前記松ケ崎部落の人家の配置状態から、右両営業所供給区域内の世帯数は、前者のそれは約百戸(即ち、松ケ崎部落の約三分の二の世帯)、後者のそれは約八十六戸(即ち、松ケ崎部落の約三分の一の世帯及び堀切部落の全世帯数)と目され、昭和三十三年七月頃における一ケ月のたばこ取扱高は、前者が金五万八千七百三十円、後者が金三万七千円である。一方原告の予定営業所は、右既設二営業所の略中間に位し、佐藤小売人から約二百米の地点、菊地小売人から約二百二十米の地点であつて、仮に原告がたばこ小売人の指定された場合、右松ケ崎部落における三営業所は、いずれも同部落の中心線から南西部にほぼ二百米の間隔で、偏在する結果になり、前記既設二営業所及び原告の予定営業所の位置からみて、原告の予定供給地域は、前記松ケ崎部落の中部及び西南部のそれぞれ四半分となり、右地域内の世帯数は、約三十戸を越え得ないと算定される。そして、右予定供給戸数から推定される原告の予定営業所の一ケ月間におけるたばこ取扱予定高は、前記佐藤小売人の供給世帯数は約百世帯で、その取扱高が金五万八千七百三十円であることから推算すれば、その三分の一である金二万円を越え得ないものと推定されることを認めるに充分であり、甲第五号証、その他の証拠によつても右認定を動かすに足りない。

ところで日本専売公社総裁昭和二十五年達第五十号製造たばご販売事務取扱手続第十一条、第十三条第二号によれば、小売人の等級別標準取扱高の最低の等級である十等級の一月標準取扱高が金三万円であり、又右取扱手続第十三条第一項第三号によれば、供給区域内の標準戸数は五十戸であるところ、原告は、子女二人を養育する未亡人であること前記のとおりであり、成立に争いがない甲第四号証によれば、右子女はいずれも満二十歳に達しないものであることが明かであるから、原告は母子福祉資金の貸付等に関する法律の適用を受けるものに該当し、前記取扱手続第十三条第四項により右標準の八割を標準と見做すべきであるが、前記認定事実によると、原告の予定営業所の取扱予定高並びに供給区域内の戸数が右標準の八割にも達しないことが明らかである。よつて、原告の予定営業所は、その位置が小売業を営むのに不適当であり、又取扱予定高が公社の定める標準に達しないものとして、たばこ専売法第三十一条第一項第二号第四号に該当するものといわなければならない。

従つて、被告が原告の本件指定申請に対し、不指定の決定をしたのは、なんら違法はないから、違法であることを前提にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新妻太郎 小林謙助 丹野益男)

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